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79 中峠城

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⬛︎ 中峠(なかびょう) 城のご説明 千葉県我孫子市
中峠城は利根川と手賀沼に挟まれた標高20mほどの湖北台地に築かれ ました。南北西の3方向は急崖となっていて、 東側のみが台地続きとなっ ています。 別名「芝原城」ともいい、かつてこの地が芝原村という村だっ たことに因みます。

周辺は開発によって崩されてしまったものの、 現在は 「古利根公園 自 然観察の森」 として一部が保存整備された公園になっていて、堀や土塁 の痕跡が確認できます。

東側の台地上に 「下根古屋」、西側の台地の下から法岩院にかけて 「上根古屋」 という地名が残っています。 この 「根古屋」 という地名が残る ことから、 中峠城が戦国期に使用されていたことが推察されています。

『湖北村誌』によると、中峠城は千葉一族である河村氏の居城で、天 文10年(1540年) に河村出羽守が古城を改修整備して 「中峠城」と命名し たとされています。 詳細は不明ながらも河村氏は主家の千葉氏を通し て北条氏に属したと考えられ、同じく北条氏に属していた小金城 (松戸 市)の高城氏の支配下にあったとされています。 天正19年 (1590年) の 小田原合戦で河村氏は小田原城に詰め、その留守中に中峠城が落ちたと 伝わっています。

上根古屋地区にある法岩院は河村氏の菩提寺とされ、江戸時代に造立された河村一族の墓がいまもなお残っています。

⬛︎御城印デザインのご説明
中峠城の御城印には、城下を通る街道や地形が分かる地図をデザイン しました。 中峠城の北側直下は、旧利根川の名残りである古利根沼となっ ていて、この地が水運の要衝だったことがわかります。 中峠城の東側に 「海老宿」 という宿地名があることから、城下に宿が形成されていたと 思われ、まさにこの地は水陸交通の結節点にあたると推察されます。

中峠城からは、かわらけが10点出土しています。 そのうち7点は、堀 底に一群にかたまった状態で見つかっていて、残り3点は黒いシミが付 いていたことから灯明皿として使用されていたと考えら れています。 中峠城では柱穴は見つかっておらず、 居住 性は認められませんでしたが、 堀や土塁が現地で確認で きることや、かわらけなどの遺物が出土していることか ら当時を偲ぶことができます。

さらに、河村氏の出自とされる千葉一族の家紋 「九曜」 と 小田原北条氏の家紋「三つ鱗」をモチーフにしました。

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