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57 佐貫城

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⬛︎ 佐貫城のご説明 千葉県旭市
佐貫城は波に削られ、消失してしまった幻の城です。 佐貫城が築かれていた場所は刑部岬と呼ばれ、現在は 飯岡灯台が建っています。 このあたりの海岸線は高さ60mほどの崖が直立した地形になっているため、屏風ヶ 浦として景勝地になっています。 太平洋の荒波に台地が削られ、このような絶景となりました。 「東洋のドー バー」と呼ばれ、その美しさを称されています。

佐貫城が存在したとき、その台地は海に向かって今よりもっと張り出していたといわれています。 その天然の要 害を利用して、海城が築かれたのでしょう。まさに波に削られた「幻の城」ともいうべくロマンの詰まった城です。 佐貫城の構造や、使用されていた時期などの詳細は定かではありませんが、昭和60年頃、 北方には土塁 と思われる遺構など、城の一部が残っていたといいます。

現在は、残念ながら遺構は残っていませんが、 『平家物語』 や 『源平盛衰記』に佐貫城は登場し、 片岡常春が 城主だったと書かれています。 常春は、 「源義経四天王」として浮世絵などにも描かれている人気の高い人物で、 義経に同行し戦ったとされています。 その常春の武勇とともに、 「佐貫城」の名は歴史に刻まれているのです。

それ以降の歴史は不明ながらも、 海上の重要地にあたる佐貫城は何らかの形で取り立てられたかもしれません。 今は偲ぶべくもありませんが、現地に立つと、 大海原に突き出した城の姿が浮かんでくるようです。

⬛︎御城印デザインのご説明
佐貫城の城主とされている片岡常春は 『吾妻鏡』にも登場し、三崎庄 (旭市) などを領したといいます。 しかし、常陸国佐竹氏と縁戚関係だったことから、たびたび源頼朝への謀反の疑いをかけられ、領地を 没収されました。 そのときに、 佐貫城を攻めたのが千葉常胤と伝わります。 片岡氏も千葉氏と同じ出身 とされるため、御城印には千葉一族の家紋 「九曜」 を配置し、さらに美しくそびえ立つ断崖を描きました。 『平家物語』では、常春が壇ノ浦の戦いで武功をあげ、海に落ちた神璽を拾い上げたと描かれているこ とから、壇ノ浦にて戦う源義経一行の船をデザインしました。

『義経記』では義経の都落ちに従い奥州に行き、勇猛果敢に義経と一緒に戦ったとされ、片岡常春の武勇は時代を超えて語り継がれました。

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