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⬛︎ 神崎城 (西の城)のご説明 千葉県香取郡神崎(こうざき) 町
神崎(こうざき) 城はかつての香取の海、 現在の利根川に突き出た丘陵に築かれました。 神崎城は「東の城」、 「中の城」、 「西の城」の3城から成っており、この3城を総じて「神崎城」と称します。 神崎城は千葉氏隆盛の祖である千葉常胤の曾孫にあたる神崎師時が鎌倉時代中期に築城したと伝わります が現在の遺構は戦国時代末期のものと推察されます。
城域は丘陵全体に広がり、 その規模は南北約2キロメートル、東西約500メートルに及びます。 そして、 丘陵上に連なるように東の城、 中の城、西の城を設け、さらには周囲に田向城、小松城を築き、それらすべ てが連携する構造となっています。
このように配置された防衛網は、神崎周辺の湊に対する重厚な監視機能と富の利得の機能をも有していた と考えられ、これらの湊からの富こそが歴代の神崎氏繁栄の一翼を担っていたものと推察されます。 「神崎氏は途中の中絶はあるものの、師時以来、神崎地域の領主として君臨し、戦国時代には千葉氏を介し て小田原北条氏に属しました。 天正18年(1590年) の小田原合戦の際は、小田原城に入城し、豊臣方との戦 いにのぞみましたが小田原北条氏の敗退にともない神崎城も開城落城しました。 まさに神崎城をはじめと する城郭群こそが、 中世を通して神崎を領した神崎氏の繁栄の証といえます。
<西の城について>
西の城は東の城、 中の城、 西の城の3城の中でもっとも城域が広く、戦国期にはこれらの城郭群の中で中心であったと推察されます。 現在は、町の公共施設が建っていますが、 周辺には土塁、 空堀跡が残存するとともに、 崖地部分にはいく つかの腰曲輪も良好に残っています。 この腰曲輪による重厚な防衛構造は西の城の特徴の一つといわれてお り、比高約30メートルの台地及びその周囲の人工的な急崖化とともに、戦国期の房総の城郭の特徴を良好に 残す城郭として評価されています。
⬛︎ 御城印デザインのご説明
神崎城の城下には中世から街道が通り、宿が形成されていたと思われます。 御城印には、水上交通と陸上 交通の要衝地だった神崎の地図をモチーフにしました。
神崎のシンボルである神崎神社は、ランドマークとして古くから存在しており、 その由緒ある歴史と風光 明媚な周辺の景色は絵図にも描かれました。 御城印には神崎の周辺に広がっていた香取の海と行き交う舟、 そして神崎神社の鎮座する神崎山から神崎城へ続く丘陵をデザインしました。
神崎氏は千葉一族の庶流であることから、 千葉一族の家紋 「月星」 と 「九曜」を配置しました。 神崎城は「東の城」、 「中の城」 「西の城」 の3城から成るため、 御城印は3枚並べると神崎の美しい風景 が完成するようにデザインしました。
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